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社長日記

代表の伊藤が、これまでメルマガ「広告の達人」の中で、好奇心のままに書き綴った、 時事問題・政治・IT・旅行・スポーツ・ビジネスなどのエッセーをまとめています。

テーマ:アフガン体験記その3「地雷原を歩く」

無政府状態を体感


(前回まで)地元民に変装しパキスタン側の検問所を突破して、アフガン
に入国したものの、小銃で武装したグループに乗り合いバスをストップさ
れてしまいました。

「カネを出せ」
バラバラっと駆け寄ってきた集団は、口々にそういいました。

つまり「通行料」を巻き上げようというわけです。
勝手に通せんぼをして、通りかかる車や人からお金を徴収しているようで
した。運転手がブツブツいいながら払います。

政府がない状態、とはこういうことなのか・・・
私的な武装集団(ゲリラ)が我が物顔でのさばっている様子がわかりました。

日本にいると、国や県などが道路を作って料金所を設け、通行料をとって
いますが、それはいずれも法律に基づいたもの。

国土交通省もなければ、市役所もない。チェックする警察もなければ、そ
もそも違法行為と認定する法律がない。

「国が壊れている」ことを実感しました。

対空機関砲に地雷原>


ようやく連れのゲリラのキャンプに到着。
むさ苦しい髭もじゃの男たちに出迎えられました。
いずれも小銃を持ち、茶色系の民族衣装を身に着けているので、誰が誰だ
が区別がつきません(笑)

彼らはちょっとした集落を接収して、勝手に拠点にしているようです。
民家の屋上には、機関銃が設置されていました。
「空襲の防衛だ」
おそるおそる覗いてみると、中国製の七七機関砲でした。

気がついたのは、男性しかいないことでした。女性や子どもは国外の難民
キャンプに非難しているとのこと。村が暗い(家も服も茶色系)のが理解
できました。

「あそこは地雷が埋まっているから行かないように」
見ると、前方に原っぱがあり、一見何もなさそうなのですが、攻撃がきた
ときのために、地雷を埋めてあるのだそうです。
「そんなことをいわれたら、一歩も動けないよ」
びくびくしながら、誰かのあとを付いて歩くようにしました。

ちなみに彼らの言葉はパシュトゥ語(アフガン最大のパシュトゥン族の言
葉)でしたが、私はわからないので、もっぱら適当な単語をつなぎ合わせ
た英語で身振り手振りつきの会話をしていました。

カラシニコフを渡される>


「いつ敵がくるかわからないから、これをいつも持っているように」
そういって、ポイと小銃を渡されました。

よくみると、ソ連(現ロシア)製のカラシニコフAK74でした。彼らは
気軽に扱っていましたが、手ごたえはずっしりと重く感じました。これは
世界的に有名な銃で、アメリカのM16と並んで、世界でもっともたくさ
ん生産された銃といわれています。

なぜソ連の銃をゲリラが?

そう、彼らはソ連軍から奪った銃で、内戦をしているのでした(当時ソ連
はすでに撤退)。アメリカからはパキスタン経由で武器をもらい、
中国からはアフガン名物ハッシシ(マリファナを固形にしたもの。別名チ
ョコレート。似ている)で得た金で武器を買っていたのです。

余談ですが、石油も出ないアフガンが世界のソ連を相手に戦争できたのは、
アメリカの影の支援と、ハッシシから生まれる富のおかげでした。世界の
3大産地といえば、当時アフガン、タイとラオスの国境(ゴールデントラ
イアングル)、ハワイでした。

「銃の撃ち方を知っているか?」
と聞かれ、即座に、
「NO」(知るわけないだろ、そんなもん!)

すると、
「教えてやるから付いて来い」
と先にたって歩き始めました。
思わずツバをごくりと飲み込みました。

本当に戦場にきたんだな。。。
大きな興奮と軽い後悔が生まれていました。

(つづく)

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